登山靴みたいな靴を、街で最初に選んだのは誰だったのか。

山道を走るための靴が、パリのセレクトショップから、ファッションの世界へ。最初に選んだのが誰かは、はっきりしない。資料に残る出来事をたどりながら、道具が「かっこいい」と見つけ直される過程を覗く。
山道を走るための靴が、おしゃれな人の足元にある。
そんな光景を、街で見かけることがある。
ごついソール。細かく刻まれた模様。派手な色の切り替え。どう見ても、街を歩くために作られた靴ではない。
それなのに、なぜか、かっこよく見える。
(「登山靴みたいな」と書いたけれど、正確には、山道を走るための靴、トレイルランニングシューズのことだ。)
かっこつけて作ったようには見えないものが、いちばんかっこよく見えるのは、どうしてだろう。
そう思って、Salomon(サロモン)というブランドの靴について、いくつかの記事を読んでみた。
この記事は、そのブランドの紹介ではない。「誰が、いつ、どうやって、この靴をファッションの場所に連れてきたのか」を、資料に残っている範囲でたどってみる話だ。
先に言っておくと、「最初の一人」は、はっきりしなかった。
もとは、山と雪のための道具だった
Salomonは、1947年に、フランスのアヌシー(Annecy)で生まれた。スキー用品の会社として、育ってきたブランドだ。
その後、ブーツやスキーなど、雪の上の道具を作り、1990年代には登山用の靴も出した。
トレイルランニング用の靴が出てくるのは、2000年代に入ってからだ。トレイルランニングとは、山道や林道を走るスポーツのこと。2006年には、Speedcross(スピードクロス)というモデルが登場している。
つまり、この靴は、もともと「ファッションのため」に生まれたものではない。
山を走る人のための道具だった。
声をかけたのは、パリのお店だった
話が動くのは、2010年代の半ばだ。
パリに、The Broken Arm(ザ・ブロークン・アーム)というセレクトショップがある。ファッションブランドを中心に、少し尖った品ぞろえで知られる店だ。
Footwear News(フットウェア・ニュース)は、この店から、2015年に、Speedcrossを使った企画の話がSalomonに持ちかけられたと書いている。それが、のちに部門になっていく動きの、はじまりだった、という書き方だ。
Grailed(グレイルド)の記事には、少し違う角度の情報がある。店の創業者たちは、自分たちもトレイルランナーで、Speedcrossの良さをよく知っていた。そして、共同企画を求めたのは、店の側だった、と書かれている。
ここまでが、複数の資料から読み取れることだ。
ひとつ、気をつけておきたいことがある。この共同企画の靴が、SpeedcrossなのかSnowcross(スノークロス)なのかは、資料によって書き方が違う。この記事では、どちらかに決めないでおく。
実は、その前にも、試していた
Salomonの側の話も、残っている。
2024年の記事の中で、Salomonのフットウェア担当の副社長が、こんなことを述べている。
記事の時点から10〜15年ほど前に、最初の兆しがあった。何度か試してみたけれど、うまくいかなかった。それでも、2016年には、パリのThe Broken Armや、デザイナーのBoris Bidjan Saberi(ボリス・ビジャン・サベリ)から連絡を受けた、という話だ。
ブランドは、何もしていなかったわけではない。ただ、そのときは、うまくいかなかった。
そして、その後の流れの中で語られているのは、ファッション側からの連絡だ。
部門ができる前の、手探りの時期
その2016年に、JP Lalonde(JP・ラロンド)という人が、Sportstyle(スポーツスタイル)部門を率いる立場で、Salomonに加わっている。
Hypebeast(ハイプビースト)の2021年の記事の中で、Lalondeさんは、その頃のことをこう話している。当時はまだ、Sportstyleという取り組みは、なかった。The Broken Armとの企画がひとつ、Boris Bidjan Saberiとの企画がひとつ、あっただけだった。そして、当時できたことは、すでにある靴に、色をのせることくらいだった、とも話している。
2017年の春には、Boris Bidjan Saberiのコレクションの中で、Salomonの靴が発表されている。
そして、Footwear Newsによれば、Sportstyleがカテゴリーとして展開されたのは、2018年の秋だ。
資料によって、食い違うところ
調べていて、はっきり決められなかったことが、いくつかある。
最初にファッション側が取り上げた年。 StockXの記事は、2013年に、The Broken ArmがSpeedcrossを店に並べたと書いている。けれど、ほかの資料には、2015年の企画を起点とするものがあり、Salomon自身は2016年の連絡を語っている。年が、そろわない。この記事では、「2010年代の半ば」としか言えない。
共同企画の靴の名前。 上のとおり、SpeedcrossとSnowcrossで、資料が分かれている。
Sportstyleの始まり。 責任者の就任は2016年、カテゴリーとしての展開は2018年ごろ、というのが、今回確認できた範囲だ。ただ、別の資料には、2021年に新しいカテゴリーが始まった、と書くものもある。何を指して「Sportstyle」と呼ぶかで、年は変わるのかもしれない。
「ゴープコア」との関係。 Sneaker Freaker(スニーカー・フリーカー)は、2015年の店の動きを、そのころ生まれたばかりだった「ゴープコア」の象徴として書いている。ゴープコアとは、登山やアウトドアの道具を、街の服として着る流れのことだ。ただ、その言葉が先にあって靴が選ばれたのか、あとから言葉が当てはめられたのかは、この資料だけでは分からない。
ここから先は、事実ではなく、私の読み
ここまでは、記事に書かれていることだ。ここから先は、読んだ私が、勝手に考えたことになる。
不思議だと思ったのは、靴を大きく作り変えたわけではなさそうなことだ。
Lalondeさんの話では、最初にできたのは、色をのせることくらいだった。それでも、この靴は、ファッションの場所に並ぶようになった。
もうひとつ、気になったのは、声をかけた店の人たちが、自分でもトレイルを走る人だったことだ。
もしかしたら、その人たちには、この靴が「ファッションになりそうなもの」である前に、「よくできた道具」に見えていたのかもしれない。
もちろん、これは私の想像だ。そう書いた資料があるわけではない。
道具の形は、まず、何をするためのものかで決まる。山道を走るなら、滑らないこと、守ること、軽いこと。かっこよさは、そのあとについてくる。
だとしたら、「かっこつけていないからかっこいい」というより、「かっこつけていない理由が、見えるからかっこいい」のかもしれない。
そして、その理由に気づくのは、作った側だけとは限らない。
見る側が変わると、同じ道具が、違うものに見える。
この靴の場合は、少なくとも資料に残っている範囲では、ブランドが試して、うまくいかなかったあとに、ファッション側から声がかかっている。それが、すべてではないだろうし、「ブランドは何も狙っていなかった」と言えるわけでもない。
それでも、「誰かが、その靴を、別の場所に置いてみた」。そこから、見え方が変わりはじめたことは、なんとなく伝わってくる。
最後に、分かっていること
この靴を、街で最初に選んだのが誰なのかは、分からなかった。
分かったのは、2010年代の半ばに、パリのお店とデザイナーが、この靴に目を向けたことと、Salomon自身が、以前の試みのあとに、その連絡を受けたと話していること。
それくらいだ。
けれど、山道を走るための靴を見て、「これ、いいな」と思った誰かが、きっといたのだろう。その誰かの目線が、いまの景色のどこかに、つながっているのかもしれない。
そう思って、あらためて街の足元を見ると、少しだけ、違って見える。
今、私の足元も、Salomonのシューズだ。
出典
- Footwear News「How Salomon Sportstyle Emerged as a Favorite of the Fashion Elite」(2023-03-06)
- Hypebeast「How Salomon Became Fashion's Favorite Footwear Brand」(2021-04-20)
- Sneaker Freaker「Happy Trails: How Salomon Went From Slopestyle to the Kings of Sportstyle!」(2021-05-12)
- Grailed「From Mountain Trails To Runways: A Brief History of Salomon」(2019-01-08)
- StockX News「Brand Spotlight: Salomon」(2023-02-07)
- FashionNetwork「Salomon opens Champs-Elysées flagship to boost sportstyle positioning upgrade」(2024-06-25)
情報確認:2026年10月