ポンペイの軽食店のカウンターには、看板のような絵が描かれていた

2019年、ポンペイの小道の角で見つかった軽食店(テルモポリウム)。カウンターには、海の精の絵と、「ほとんど看板のよう」と説明される絵があった。公式の説明をたどる。
道を歩いていて、ちょっと小腹がすく。そんなとき、2000年前のポンペイの人は、どこに寄ったのだろう。
その答えのひとつが、2019年、土の中から顔を出した。
小道が交わる、四つ角の店
場所は、ポンペイの「第5区域(Regio V)」。ヴィコロ・デッレ・ノッツェ・ダルジェント(銀婚式の小道)と、ヴィコロ・デイ・バルコーニ(バルコニーの小道)。2つの小道が交わる、ひらけた角で、その店は見つかった。
見つけたのは、遺跡のまわりの、まだ掘られていない境目を、崩れないように固める工事の中だった。ポンペイ考古学公園の説明によると、その境目は、全部で3kmを超える。地面の下には、まだ、町の暮らしが、眠っている。
その店は、「テルモポリウム(thermopolium)」という種類。名前は、ギリシャ語から来ていて、温かい飲み物や食べ物を出す店のことだ。ポンペイには、同じような店が、少なくとも80か所はある。
カウンターに、壺がはまっていた
店の中心は、石でできたカウンター。食べ物や飲み物は、大きな壺(ドリウム)に入れられて、その壺が、カウンターの石積みに、はめ込まれていた。
ローマの世界では、中流や下層の人たちが、家の外で昼の食事(プランディウム)をとる習慣があった。いそがしい日の昼どき、ここには、きっと、立ち寄る人がいた。

絵に、見とれた
カウンターの正面には、馬(海馬)に乗る、海の精ネレイスの絵がある。公式の説明は、「美しい姿」と呼んでいる。
もう一方の、短い側の面には、別の絵があった。店の商売を描いたものと考えられていて、公式の説明は、こう書く。
“almost as if it were a shop sign”
(ほとんど、店の看板のようだ、という意味。)
2021年の発表では、そこに、店で調理して売ったと思われる動物の絵がある、と説明されている。
しかも、カウンターの前に置かれていた両取っ手の壺(アンフォラ)は、その位置が、描かれた絵と、ぴったり合っていたという。絵の中の壺と、地面から出てきた壺が、同じ場所にあった。
2年がかりで、姿をあらわした
2019年に、一部だけ掘られた店は、装飾がとても特別だったため、2020年に、全体を掘り終えて、修復することが決まった。
2021年1月の公式の紹介では、店は、ほぼ全部の姿で、よみがえったとされる。カウンターの絵のほかにも、いろいろな静物の装飾、食べ物の残り、動物の骨、そして、噴火で亡くなった人たちも、見つかった。
カウンターの絵を守るために、新しい木の屋根が作られ、昔の張り出したバルコニーも、直された。そして、2021年8月12日、一般に公開された。
「強い感動」
2019年の発表で、当時の公園の責任者だったアルフォンシーナ・ルッソさんは、こんな趣旨のことを語っている。
こうした店は、ポンペイでよく知られている。それでも、新しく見つかるたびに、商いと、日々の暮らしを伝える品々は、強い感動を伝え、噴火の悲劇の瞬間へ、私たちを連れていく。
「ほとんど看板のよう」という言い方は、公式も、断定せずに書いている。それでも、文字が読めなくても、絵を見れば、何の店か分かる。そんな店が、2000年近く前の街に、あったのだ。
湯気の向こうの、ひと
カウンターの前に立つと、ここで、誰かが、温かい一杯を受け取った場面を、想像してしまう。
壺のふたが開いて、湯気が上がる。受け取る手と、渡す手。いそがしい通りの、ほんの一瞬。
2000年のへだたりは、1枚の絵の前では、ほんの一歩になる。
大人の寄り道は、いつの時代も、角の小さな店から始まるのかもしれない。
出典
- ポンペイ考古学公園「The Thermopolium of Regio V」(2019-03-29)
- ポンペイ考古学公園「From the 12th August the Thermopolium of Regio V is opening to the public」(2021-08-09)
- ポンペイ考古学公園「Thermopolium of Regio V」(ギャラリー、2021-01-27)
情報確認:2026年10月