「1日1万歩」は、歩数計の名前になる前からあった
健康の目安として知られる「1日1万歩」は、1965年に発売された日本の歩数計の名前に出てくる。会社の説明と、研究者の見方をたどり、そのあと研究が何を確かめたのかを、歩数をすすめることなく眺める。
「1日1万歩」。
健康の話になると、よく出てくる数字だ。歩数計のアプリを開くと、目標の欄に、最初から入っていることもある。
でも、なぜ、1万歩なのだろう。5,000歩でも、8,000歩でもなく。
そう思って、この数字の来歴を調べてみた。
この記事は、何歩歩くべきか、を伝えるものではない。1万歩という数字が、どこから来て、そのあと、どう確かめられていったのか。その道のりを、資料に残っている範囲でたどる話だ。
1965年の歩数計に、その名前がある
山佐(ヤマサ)時計計器は、日本の時計・計器のメーカーだ。公式サイトの沿革によると、1963年に歩数計の開発を始め、1965年に最初の製品を発売した。1964年の東京オリンピックの、翌年だ。
その名前は、「万歩メーター」。文字盤の針が1周すると、ちょうど1万歩になることから、そう付けられたという。
いま知られている「万歩計」という名前は、1984年に商標登録された名称として、同じ沿革に載っている。
会社は、こう説明している
では、1万歩という数字は、どこから来たのか。
山佐の公式サイトでは、開発のきっかけを、こう書いている。「医師やジャーナリストが提唱する『1日1万歩歩きましょう』(1日1万歩運動)を国民的運動にしたい」ということだった。
つまり、会社の説明では、「1日1万歩」という呼びかけは、この歩数計より前からあったことになる。誰が提唱したのかは、公式サイトには書かれていない。
なぜ1万歩なのかについても、同じ沿革に説明がある。
「1日1万歩はゴロがよいからではなく、歩幅70cmなら距離にして7km。少なくともこのくらいは歩いてもらいたいというところからきていました」
語呂のよさではなく、距離の目安から、という説明だ。
研究者は、別の角度から見ている
別の立場の見方もある。
ハーバード大学の健康情報サイトの記事(2019年)で、疫学者(集団の健康を調べる研究者)の I-Min Lee(アイ・ミン・リー)さんが、この数字について話している。
記事は、1万歩という数字のはじまりを、1965年に日本の企業が作った機器「Manpo-kei(万歩計)」――「1万歩の計器」という意味――までさかのぼっている。そして、Leeさんは、こう述べている。
「The name was a marketing tool.」(名前は、マーケティングの道具だった。)
同じ Leeさんたちは、2019年の研究論文の要旨に、こう書いている。1日1万歩は、健康に必要だと広く信じられているが、この数字の科学的な根拠は、限られている、と。
山佐の説明と、Leeさんの見方。この記事では、どちらかを決定的に正しいとはしない。
ただ、私の読みでは、二人が話している場面は少し違うようにも見える。会社は、歩数計を作った動機を語っている。Leeさんは、この数字が商品の名前を通じて世の中に広まったことを語っている。もちろん、これは私の読みだ。
はっきり言えるのは、ここまでだ。1万歩は1965年の歩数計の名前に入っていて、その数字はのちに、健康の目安として広く知られるようになった。
そのあとで、研究が確かめにいった
その後も、研究者たちは、歩数と健康の関係を調べてきた。ここでは、そのうち、2つの研究を紹介する。
どちらも、観察研究だ。人に何かをさせて比べるのではなく、ふだんの暮らしの歩数とその後の様子を、記録して比べる研究のこと。歩数が多い人は、ほかの点でも少し違う暮らしをしているかもしれない。だから、歩数が原因で結果が変わったと、言い切ることはできない。分かるのは、「関連があった」というところまでだ。
2019年:高齢の女性、約1万6千人
1つめは、2019年に、JAMA Internal Medicine(ジャマ・インターナル・メディシン)という医学の雑誌に載った研究だ。
対象は、米国の女性の健康研究、Women’s Health Study(ウィメンズ・ヘルス・スタディ)に参加した人たち。そのうち、体の動きを測る小さな機械(加速度計)を、規定どおりに身につけた16,741人が、分析された。年齢は62歳から101歳で、平均72歳だった(ハーバード大学の健康情報サイトによる)。
計測は、2011年から2015年にかけて、7日間。その後、平均4.3年のあいだに、504人が亡くなった。
結果は、こうだった。1日に約2,700歩の人と比べて、約4,400歩の人は、死亡リスクが統計的に有意に低かった。歩数が増えるにつれて死亡リスクは下がっていき、約7,500歩のあたりで横ばいになった。
この研究の対象は、高齢の女性に限られる。歩数の計測も、1週間分だ。ほかの年代や、ほかの暮らしの人に、そのまま当てはまるかどうかは、この研究だけでは分からない。
2022年:15の調査を、まとめたもの
2つめは、2022年に、Lancet Public Health(ランセット・パブリック・ヘルス)という雑誌に載った研究だ。
これは、メタ分析といって、複数の調査の結果をまとめて分析したもの。15の調査(コホート。同じ集団を、長く追いかける調査のこと)から、成人47,471人のデータが集められた。調査の開始は、1999年から2018年。追跡期間の中央値は、7.1年。そのあいだに、3,013人が亡くなった。
結果は、歩数が多いほど、亡くなる割合は低い傾向があり、その低下が横ばいになる歩数は、年代で違った。60歳以上では、約6,000〜8,000歩。60歳未満では、約8,000〜10,000歩だった。
こちらも観察研究で、「この歩数まで歩けば、こうなる」という約束ではない。年代ごとに、関連が横ばいになるあたりを、示したものだ。
数字を、少し違う目で見る
2つの研究を見て、気づくことがある。
研究が見ていたのは、1万歩ちょうどが特別な境目かどうか、ではない。歩数が増えるにつれて、死亡リスクとの関連がどう変わっていくか、だった。そして、関連が横ばいになる歩数は、年代によって違っていた。
山佐の説明では、「1日1万歩」という呼びかけが先にあり、その数字が歩数計の名前にも使われた。そして、健康の目安として広く知られるようになった数字を、研究者たちは、データを使って確かめてきた。
これから「1万歩」という数字を目にしたとき、その数字が歩数計の名前にもなり、研究によっても調べられてきたことを、思い出すかもしれない。
何歩がいいのかは、この記事では決めない。
見慣れた数字にも、来歴がある。
出典
- 山佐時計計器「万歩計®を作りつづけて50年」
- Harvard Health Publishing「10,000 steps a day — or fewer?」(2019)
- Lee IM ほか「Association of Step Volume and Intensity With All-Cause Mortality in Older Women」JAMA Internal Medicine, 2019
- Paluch AE ほか「Daily steps and all-cause mortality: a meta-analysis of 15 international cohorts」Lancet Public Health, 2022
情報確認:2026年10月